第23回「ノホホンの会」報告

2013年5月15日(水)午後3時~午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:狸吉、山勘、致智望、ジョンレノ・ホツマ、恵比寿っさん、高幡童子、本屋学問)

 療養中だった現会長の六甲颪さんが、残念ながら復帰かなわず4月末に逝去されました。まさに重鎮の形容にふさわしい風格と時折の洒脱な一面が、実に良くお人柄に現われていました。改めてご冥福をお祈りします。
 
今回は、エッセイの投稿がなくやや寂しい感じでしたが書感は充実していて、世に警鐘を鳴らす話題の書や、日本人のサービスに対する精神の高さを示すもの、これからの高齢化社会を生きる知恵や理論に関するものなど、いつもながらバラエティに富んでいます。

(今月の書感)
「61才から楽しく稼いで生きる方法」(狸吉)/「新幹線お掃除の天使たち『世界一の現場力』はどうして生まれたか?」(恵比寿っさん)/「リフレはヤバい」(山勘)/「メキシコの輝き」(致智望)/「『いらっしゃいませ』と言えない国」(本屋学問)/「遺伝子組み換え企業の脅威─モンサント・ファイル─」(ジョンレノ・ホツマ)/「老人の歴史」(高幡童子)


(事務局)






書感 2013年5月分

61才から楽しく稼いで生きる方法/公平良三(明日香出版 2013年3月 本体1,500円)


著者公平(きみひら)氏は冒頭、「これから先83歳までの生き方を考えているか?」と読者に質問を突きつける。実は今60歳の人は、その後平均23年生きるのだそうだ。この質問に「定年後は年金で悠々自適の生活」はまず無理とのこと。現役世代が高齢者を支える年金だけでは生活困難となるからだ。

  「ではどうすればよいか?」の答が本書にある。著者は「生涯現役」を勧める。ただし、若いときのようにガムシャラに働くのではなく、月に10~20万円の収入を目指して、マイペースで楽しく働けと勧める。その具体的な方策として、

:生涯現役で仕事をするための基本的な考え方と方法

:会社をやめて独立するときの仕事のしかた

:会社をやめる前からはじめる独立後の準備

:会社をやめた後、どんな仕事ができるか

: 個人の生活の見直しを! 出費を節減しよう

:IT技術の活用で仕事の効率アップ

など、長年蓄積した知見を披露し、最後にすべてのもととなる健康維持について述べている。ほとんどの項目は見開き2ページに収められており、どのページから読み始めても参考になる情報がある。これは著者の説く「プレゼンテーションの工夫」の実践例であろう。


 公平氏はかつてテープレコーダで有名な赤井電機の幹部社員であったが、36歳のとき社長の急死により左遷の憂き目に会い、その後苦労の末自営の道に進んだ。75歳の今日、いまだに日中米を飛び歩く経営コンサルタントとして現役を続けている。高齢になっても楽しく稼いで生きる方法は、単なる思いつきの列挙ではない。著者の実績に裏付けられた提案には説得力がある。定年後は「大学で教えよう」、「本でも書いて…」などのプランは、「ほとんどの人には夢物語」と喝破する。それよりも著者の説く方策に従い、「スモールサクセス」を目指すほうが現実的である。

 本書を読んでいくつも教えられるところがあったが、「人生の最後に考えることは、『自分の人生で何人のよい人・楽しい人に会えたか?』、『何人の人を幸せにしたか?』であろう」との著者の言葉は正に同感!たしかに著者の言うとおり、「人間は自分だけが楽しめばよいのではなく、自分の周囲の人を楽しませ、幸せにするために生きている」のだ。

 この本を読んだ後、IT機材を買い込んだり、若い頃の趣味を再開するなど、にわかに日常生活が忙しくなったが、これも心身活性化の一助となろう。

(狸吉 2013年4月20日)

新幹線お掃除の天使たち「世界一の現場力」はどうして生まれたか?/遠藤功(あさ出版  2012年8月28日 第1刷発行 本体1,400円)


早稲田大学商学部卒業。三菱電機、米系コンサルタント会社を経て早稲田大学ビジネススクール教授。㈱ローランド・ベルガー会長。経営戦略論・オペレーション戦略論を担当し、現場力の実践的研究を行っている。

主な著書に「現場力を鍛える」「みえる化」「ねばちっこい経営」「日本品質で世界を制す!」「競争力の原点」「経営戦略の教科書」などがある。


はじめに
プロローグ なぜ新幹線の車両清掃会社がこれほど私たちの胸を打つのか?

第1部 「新幹線劇場」で本当にあった心温まるストーリー(エンジェル・リポートが11編記載されている)

第2部 「新幹線劇場」はどのように生まれたのか?

「地ならし」のための600日

変革の「芽」を育てた1100日

「幹」を育てた700日

新たなステージに向かう100日

おわりに リスペクトとプライド



ベストセラーになっていると新聞で読んだのは昨年の秋ごろでした。早速、三鷹と日野の図書館に予約を入れて待つこと≒4か月で三鷹図書館の貸し出し順番が来ました。現物は、各図書館に何冊か用意されていて、私に回ってきたのは12年12月3日付けの第14刷でした。


いまやツイッターで盛んにつぶやかれている、新幹線の車両清掃をしている会社とそこに働く人たちの活躍ぶりが話題になっている。それを紹介しているのがこの本です。


(エンジェル・レポート=スタッフの報告するエピソードから)

トイレでNさんがしゃがんで便器をゴシゴシ磨いていると、お客様の声がしました。「うわー、きれいなトイレ!」こう独り言を言って、用を済ませてお帰りになりました。小さなつぶやきでしたが、Nさんの胸にはじわじわと嬉しさがこみ上げてきました。またいっそう力を込めて、お掃除に励みました。

きれいなトイレは、お客様への何よりの「おもてなし」です。


テッセイ(≒820名の会社)は「現場力」に満ちた会社、そしてその現場力は、新幹線を利用する人々の間で、或いは仲間同士で、心温まるストーリーを紡ぎだしている。

私が興味を持ったのは、清掃それもJRという超大企業の子会社である「テッセイ」が、如何にしてこれだけモチベーションの上がる運営の出来る仕組みを作り上げたか、です。

 例にもれず、この会社も普通の清掃会社の1つだったようです。


「新幹線劇場」の仕掛け人は矢部輝夫さん(現専務取締役)。H17年に着任したが、それ以前運輸車両部担当部長と言う鉄道の安全システムの専門家。「あんなところへ行くのか」と思ったが、どうせ行くなら良い会社にしたい、と気持ちを切り替えたそうです。


最初にやったのが手探りでのモデル作り。グリーン車の清掃担当の「コメットさん」を通して「トータルサービスを提供」することが見えるように取り組む。制服を新調したり教育・訓練も矢部さん自身で取り組んだそうで、初めのころは「何故そんなことまでやらなくてはならないのか」ということまで。しかし、やる気のある2人が期待に応えてくれて積極的に案内の業務も取り組み、いろいろなアイディアも。


270日経ったころには経営計画の中に「新しいトータルサービスを目指して」というテーマを。そして、職場の環境整備を最初に実行。シンプルで分かりやすい組織に。イベントで一体感を高めたり、やる気のある人を正社員に採用したり、働く人たちの気持ちを掴む。


600日が経って、信頼できる右腕になる人材が着任。「みんなで創る『さわやか・あんしん・あったか』サービス」というフレーズも追加。

思い出創生委員会の発足は、お客様へのさわやかな空間・安心のサポート・あったかな対応によりお客様が「思い出」を生み出す、そんな会社になると言うことを目指した。現場リーダーである主任たちが会社を引っ張るようになり、小集団活動や提案活動が活発になり、「スマイル・テッセイ」(マニュアル)が出来たり、ついには親会社を動かすようになったりと活動が深化。


1730日経ったころから「風土・文化」にまで高める活動が始まった。即ち、季節にちなんだキャンペーンや様々なチャレンジ、真の自律化を目指して「みんなの」活動が行われている。


JR本体よりもサービスの質が高いと感じたのは私だけではないと思います。


(恵比寿っさん 2013年5月1日)

 
 リフレはヤバい/小幡 績(ディスカヴァー・トゥエンティーワン 本体1,000円)


「リフレはヤバい」とは俗で安直なタイトルで、文体も「です、ます」調の気軽な語り口だが、安倍首相の金融政策すなわちにリフレ政策の修正を望むという著者の舌鋒は鋭い。

アベノミクスの片棒を担ぐのは日銀だ。日銀をつくった親は国であり政府で、日銀は息子のようなもので、親の意見も聞かなければならないが、息子はすでに成人した大人である。その日銀に安倍首相は総裁らの首をすげ替えてまでインフレ起こしの主役を押し付けた。

著者によれば、リフレとは「インフレをわざと起こすこと」である。今、国民に受けている安倍首相のリフレ政策は、お金を大量に刷ってインフレを起こし、デフレから脱却し、景気をよくしようというもの。このリフレ政策は「ヤバい。最悪だ」と筆者は言う。

経済学で「タコ紐理論」というのがある。タコは天に揚がる凧で、凧の高低を紐を操って調整する。凧つまり物価の状態を、紐つまり金利と通貨の供給量でコントロールする。それが日銀の仕事だ。しかし経済がまったく無風で、需要がなければ、凧つまり物価は上がらない。いくら金利を下げてもおカネの供給量を増やしても、企業はモノが売れなければカネを借りて設備投資をしない。個人は所得が増えなければ消費を増やしたり住宅ローンを組んで家を建てたりしない。したがって金融政策だけではインフレを起こせない。

 安倍首相の掲げる「三本の矢」は、デフレ脱却、財政政策、成長戦略だ。このうち3つ目の成長戦略は具体的な議論がない。2つ目の財政政策は麻生元総理ら古い党員の顔を立てているだけ。安倍首相が本気で実現しようとしているのは1つ目のデフレ脱却であり、そのための金融政策すなわちリフレ政策だと言う。

 安倍首相のリフレ政策のポイントは5つ。第1はインフレターゲットすなわち物価目標の設定。物価の2%アップを、日銀に圧力をかけて設定させ、達成させる役目を押し付けた。第2は、マネーの大量供給。日銀に民間の金融機関の保有する国債など保有資産を買い上げさせるなどして民間への資金供給量を増やす。第3は、「インフレ期待」を起こすこと。日銀による物価目標の設定と大量の資金供給で民間にインフレ期待が起きれば投資行動や消費行動が活発になる。第4は、日銀法の改正。日銀が本気でインフレを起こさないなら日銀法を改正し、日銀総裁を解任しやすくするなどの法改正をするという脅しをかける。

 しかし、こうした手段を講じてもインフレは起きないと言う。インフレとはモノの値段が上がることだが、値上げには2つのパターンがある。ひとつはコストが上がった時。もうひとつは売り上げが好調な時だ。前者はコストアップ分を価格に転嫁する「コストプッシュ型インフレ」だ。後者は需要の増加による「デマンドプル型インフレ」だ。前者は悪いインフレだが、後者は良いインフレで、需要があるから値上げができ、景気回復、所得増加、物価上昇という好循環となる。

今の日本は所得が上がらない、モノが売れない状況にあるから、インフレが起きるとすれば原油や資源など輸入価格の上昇によるコストプッシュ型インフレだ。しかし、これも円安により直接上昇する分だけのインフレで、大幅なインフレにはならない。

それよりもアベノミクスの円安による、日本国債の暴落が問題だ。日本の国債発行は世界でもダントツだ。円安が進めば投資家は日本国債を売り米国債へと乗り換える。国債価格の下落から国債を大量に抱える銀行の経営危機へ、そして実体経済危機への連鎖を警告する。

結局、本書の“予言”通りなら、リフレ政策にヨダレを垂らして喜ぶのは株や不動産、金融商品ならなんでも値上がりする金融市場関係者だけで、安倍首相の期待する民間の「インフレ期待」も期待できず、それによる景気回復もないという深刻な事態になる。


(山勘 2013年5月3日)

 「いらっしゃいませ」と言えない国/湯谷昇羊(新潮社 本体550円 2013年4月1日)

題名から受けるイメージは、よくある中国と中国人の問題点を指摘する内容のようだが、そうではない。本書は、イトーヨーカ堂の日本人現地スタッフと、最初は「いらっしゃいませ」もいえなかった中国人従業員が協力して築き上げた、今や“中国で最も成功した外資”といわれるまでの詳細なドキュメントである(原書は2010年にダイヤモンド社から「巨龍に挑む」というタイトルで出版された)。

イトーヨーカ堂が中国の四川省・成都に初の海外店舗をオープンしたのは1997年11月。中国政府が国内の流通近代化と大型チェーンストア経営のノウハウを導入するために、欧米系1社、アジア系1社の誘致を決定、伊藤忠商事の仲介によってヨーカ堂社長の鈴木敏文が社内の反対を押し切って進めたといわれるこのプロジェクトは、すでに1994年頃から伊藤忠とヨーカ堂の日本人スタッフが現地に入り、周到な準備を進めていた。

最初は日本と同じ方式で店舗の立上げを計画していた彼らは、当然ながら中国庶民の生活習慣や購買の実態、商道徳のあまりの違いを身に染みて味わうことになる。当時、成都に住む日本人は30人以下だったともいわれ、基本的な市場調査、取引先、顧客の開拓は、もちろんゼロからのスタートになった。中国人が住む地域で毎日ゴミ袋をあさって、どんな食生活をしているかを調べたこともあるという。

開店準備の段階も、日本人の感覚からすると尋常ではない。最初は仕入先がまったく相手にしてくれない。やっと決まっても約束を平気で破り、有利な条件のところに品物を回してしまう。中国人従業員のなかには、商品を持ち帰ったり、転売したり、ウィスキーの中身だけ抜く業者もいて、日本人スタッフの文房具やパソコンまで盗まれたこともあったそうだ。

中国では子供のときから「むやみに人に頭を下げるな」と教えられているそうで、客への挨拶ができない。販売態度も配給時代の売ってやるという雰囲気が残っているためか、基本的に“お客様のため”という意識がないので、どうしてそんなことをするのかわからない。中国人は言葉で指示してもだめなので、トレーナーが実際にやってみせて納得させた。日本人スタッフたちは、そうして何年もかけて辛抱強く最初から教育したのである。

客用トイレの紙は開店の日にすべてなくなり、便器まで盗まれた。母親が子供に店内の柱やゴミ箱で用を足させている。そして店内のねずみ対策…。日本では考えられない事態が次から次へと発生した。さらに、家賃交渉や従業員の解雇問題、社員の待遇改善、大量引き抜き対策と課題は山積みだった。

しかし、日本人スタッフが何事にも真摯に対応し、自ら行動し、客には心からの誠意を持って接する様を目の当たりにした多くの中国人従業員は、心構えや態度が次第に変化していったという。日本の職場では当たり前の“カイゼン”も、彼らから提案されるようになった。多いときは1店舗で一月に1万件の改善事案があるという。

リベートが当たり前の中国では、オープン時の混乱を整理してくれた警官が金銭を要求してきたことがあったが、後でレストランに招待して友好関係を築いた。持病があって毎日買いに来られないお婆さんに毎日牛乳を届けた女性従業員が美談としてマスコミに紹介され、パン菓子のアンパンが大量に売れた。開店前に並ぶ客へのお茶のサービスや配達サービス、雨傘の提供などは、やがては大きな集客効果につながった。

全店一斉休業して運動会をしたり、中国人を幹部に登用するなどのシステムは、集団業務になじまなかった中国人の意識を明らかに変え、新しい雇用体系を中国にもたらした。ヨーカ堂では学歴は重視せず、中学卒の優秀な中国人女子従業員を衣料部長に抜擢した。実力があり、一所懸命働く人、そういう人材を抜擢することが良い社風をつくることを実践した。「日系企業では中国人管理職は育たない」といわれたが、ヨーカ堂では見事に育った。成都の5店舗の店長は、現在では全員が中国人という。

2002~2003年に集団発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)のときは、他の日系企業がほとんど帰国したのにヨーカ堂の日本人幹部社員は誰1人帰国しなかったことが、中国人従業員はじめ政府関係者の高い信頼を得た。2008年の四川大地震でも、ヨーカ堂は被災者のために率先して店を開き、中国人から頼りにされた。

2012年の尖閣問題で反日デモが多発したときも、現地のヨーカ堂首脳部の方針は、まず守るのはお客様と従業員であり、建物や商品はその次だった。デモに参加した従業員や警察が、群衆がヨーカ堂に向かわないよう誘導したという興味深いエピソードも本書には紹介されている。

イトーヨーカ堂が中国に進出して15年、改革開放30周年で30人しか選ばれなかった「最優秀人物」に、日本人トップが外資系でただ1人選ばれた。成都ヨーカ堂も表彰された。徹底した“お客様を大切に”の理念の下、社内の強力なリーダシップと日本人が心から中国人を信頼し、教育した結果が、一時は撤退の瀬戸際まで追い詰められながら“お客様第一のサービス”を掲げた日本のシステムが見事に実を結んだ瞬間だった。

あとがきで著者は、戦後の廃墟から立ち上がり高度経済成長を果たしていく過程では、本書に出てくるような日本人はたくさんいた。開拓精神と絶対に諦めない姿勢は、低迷する日本経済のために不可欠なものと思う、と結んでいる。最近の情報では、イトーヨーカ堂は北京の一部の店舗を閉鎖するなど集約化を進めているようだが、今や多くの中国人の信頼を得たイトーヨーカ堂がその貴重なノウハウを最大限に生かして、新しい日本と中国の友好を築いていってほしい。


(本屋学問 2013年5月9日)

 「老人の歴史」(THE LONG HISTPRY OF OLD AGE)/木下康仁訳(東洋書林 2009年 5,040円 Edited by Pat Thane 2005 London School of Economics and Political Sciences)


第1章 老人の時代

最近よく耳にすることだが、歴史上かつてないほど人々は長生きするようになり、社会は高齢化し、高齢者は数の上で若者を上回りつつある、という。この種の話は決まって悲観的で重苦しい。高齢者は依存的存在として語られ、医療や介護、年金などの負担を、減少傾向にある若年労働人口に強いているといわれる。老年期を歴史的にみようとする立場からは、昔はよかったという物語となる。つまり、はるか以前、はっきりとしない遠い「過去の時代」には老年期まで生きた人々は少なかったので、今日とは異なり高齢者は家族から大事にされ、尊敬され、やさしく支えてもらっていたと話は続く。

本書は老年期の真の歴史を伝えることで、この社会通念に挑戦する。過去の社会は、今日の社会よりもはるかに貧しかったのであるが、多くの高齢者を支えていた。18世紀においてさえ、イギリス、フランス、スペインでは人口の少なくとも10%は60歳以上であった。確かに、20世紀以前のいかなる時期においても、平均寿命(ゼロ歳児平均余命)はどこでもわずか40歳から45歳程度であった。しかし、このことは大多数の人々が中年期に死亡したことを意味しない…。危険の多い人生初期を切り抜ければ、産業化以前のどの時代にあっても、60歳かそれ以上に長生きをする可能性は十分にあったのである。


第2章 古代ギリシャ・ローマ世界

古代ギリシャ・ローマの地中海文明における高齢者像は、図像や文献記録で数多く残っている。老年期は賛美され理想化される場合もあれば、今日ではあまり歓迎されない側面を隠そうとしていない。古典芸術の時期によって、とくに後期ローマ共和国においては、老年期のしわやこわばりはプライドや自意識の欠如を表しており、別の時期のものは高齢者、とくに女性をみるに堪えない残酷さで描いている。画家パラシオスはピロメテウス(ゼウスにより罰せられ、岩にくくりつけられ、鷲に肝臓を毎日食われた)を描くために年老いた奴隷を拷問死させたと伝えられている。

人生は複雑であり、人生への態度も多様である。二千年も前の文章や芸術から当時の人々の経験や態度を理解するには慎重さと細心の注意が求められる。

「何歳であるかよりもどのくらい動けるか、役に立てるかが、カギである」。

「老年期は、それに立ち向かい、権利を保持しようとし、人に依存するのを避け、最後の一呼吸まで自分への統率を訴える限りにおいて、尊敬に値するものとなる。」キケロ

第3章 中世とルネッサンス

第4章 17世紀

17世紀のヨーロッパで「年老いている」ことは珍しいことでも、奇異でも、神聖なる贈り物でもなかった。老年期の始まりは、衣装、馬車、召使など高度に視覚化された権力と富裕で評価された。年寄りにみえたときが年寄り。年寄りといわれたのに抗議しない人が年寄り。

人生の諸年齢図の図像例は、数多くある。この世の生は三段階、四段階、七段階、十段階、あるいは十二段階に区分され、男ではまず頂点の「中年期」を目指して階段を上がり、そして最後の老衰段階へと等間隔で区切られた階段を下っていく。

十歳=子供、二十歳=若者、三十歳=成人、四十歳=しっかりと立つ、五十歳=家庭を持ち反映する、六十歳=身を引く、七十歳=魂を守る、八十歳=世の愚か者となる、九十歳=子供にからかわれる、百歳=神の恵みを受ける

第5章 18世紀

フランスにおいては、老年期の文化的表象に変化が生じ、それが人々の生き方に影響を与えた。宗教性から世俗重視へのシフトがみられ、文学や芸術は高齢者の性格への面白おかしい嘲笑から尊敬と親愛の情へと転換した。

老親の資産と権限委譲。世代間の緊張緩和。シェイクスピアの死後、リア王における修正。

世代間の緊張は当初家族の内部にとどまり、後に世代間対立が社会的に出現するように変化する時期には、家族は互いの結束と連帯を強化していった。

フランス革命の権力者たちは身近な地域に住んでいる高齢者をほめたたえ、通りをパレードし民衆の価値観の中に共和国の正当性を根付かせようとして、高齢者への祝福と賛美を大々的に組織した


第6章 19世紀

高齢者救貧法 自立できない高齢者に住居と食事を、完全に老衰状態ではない高齢者にはときおり現金と物品を供給した。高齢者の15%から33%が何らかの援助を教区に頼っていた。


第7章 20世紀

高齢化社会の到来 老年医学の誕生 長寿と若返りの研究

第三の人生

引退と年金受給 ILOの方針逆転

高齢者という用語 senior citizens, the elderly, old people、後期高齢者、  侮辱的用語へ

貧しい高齢者の運命 低収入のみじめな仕事への移行 低所得家族の年金たんぽ

中流以上の高齢者 活動的な人生の長期化 身なりや容貌の維持

一人暮らしと移動・通信 元気なうちは独立 不安になると子供のそばに住みたい

訳者あとがき

我々が考えるべき歴史的課題とは何か。そのヒントは、引退という社会的制度である。聖職者や一部富裕層から始まった引退という選択は18世紀から19世紀にかけて中産階級へと広がり始め、20世紀後半に本格展開する福祉国家の中で急速に一般化していく。個人の老年期の暮らし方や家族関係に新たなライフスタイルを生み出す。人口の高齢化とは歴史的逆説であり、近代産業社会の輝かしい成功は一面において労働力の更新という仕組みによって支えられたのであり、その結果、高齢労働者は定年制により離脱させられてきた。20世紀後半に完成度を高めた福祉国家はすでにこうした構造的問題を内包していたのである。心身機能面での自立性が高く、社会保障制度により一定程度の生活保障された巨大な人口集団が出現した。… 高齢社会における高齢者は実は、役割があいまいになった不安定な人口集団であり、このことは逆にいえば、新しい時代を切り開く原動力になりうる存在規模であって、歴史的課題ととらえるのは決して誇張ではない。

歴史を通して高齢者は、富裕者も貧者も、男性も女性も、働ける限りは働き、動ける限りは動いていたのである。引退という社会制度の発明は歴史的にはごく最近の出来事であって、普遍的なものではない。個人のライフスタイルの問題とされ趣味やボランテイアなど社会参加を推奨する耳慣れた言説は、実は問題の本質を表しきれていない。

我々は、かつてない時代に生きているのである。


 もうおそい ということは 人生にはないのだ。

 終わりはいつも はじまりである。 

 杉山平一 詩集「希望」より


(高幡童子 2013年5月11日)

 遺伝子組み換え企業の脅威-モンサント・ファイル-/「エコロジスト」編集部編・日本消費者連盟訳(緑風出版 初版1999年12月発行 増補版2012年1月発行)


最近のTPP問題に絡み、遺伝子組み換えの是非が話題になっている昨今、増補版である本書をとり上げてみました。

昔から、自然界の流れの中での品種改良は行なわれてきておりますが、人為的に作る側の立場が優先された遺伝子を組み替える品種改良は、自然界の流れの中では出来ない突然変異が当たり前になって来ていることに、殆どの人が気にもしていないように見受けます。


遺伝子組み換えという手法そのものは、倫理上の問題があるかも知れないが、未知の自然界の仕組みを知る上で重要ではあっても、食品について一部の欲得者の便宜のために行なわれていることが問題であり、本書に悪者として出てくるモンサント社が、この遺伝子組み換えにより、大豆やトウモロコシといった穀物が遺伝子組み換えにより、強力な除草剤に耐えられる品種を作り出し、この除草剤耐性の種と除草剤をセットに世界の農業・食糧を支配しようとしているとあります。


本書の序章にある、英国チャールズ皇太子の論説、「Seeds of Disaster 災厄の火種」が全てを集約しています。有機食品市場が伸びているこの時に、大規模農業における新技術の発展は食べ物についての選択権を奪い取り、いずれ答えが出るであろう重大な疑問を提起している。

評価の段階で遺伝子組み換え作物が安全でないと証明されない限り、それを使うことをやめる理由がないと言われている。また、遺伝子組み換え作物は農薬の使用削減につながるとも言われている。しかし、市場に出回っている遺伝子組み換え作物には、同じ企業が製造しているあらゆる植物を対象とした除草剤ヘの耐性を持つバクテリアの遺伝子が含まれている。この作物にこの除草剤をかけると、この農地に生えている他の植物は全て枯れてしまう。その結果、不毛の土地になってしまう。永久に続く汚染問題に直面することになる。と警告をならしています。


増補版のなかで気になること 進む多国籍企業による食糧支配

米国政府の2010年度年次報告の中で、米国がTPPに参加し、食料輸出を推し進める最大の障壁が他国の食品表示制度にある、と指摘。GM食品(遺伝子組み換え)表示制度の撤廃圧力が強まっていることを伝えている。日本がTPPに加盟するということはGM食品表示の撤廃など、消費者の知る権利を奪う圧力が加わることを意味する。


悲惨な遺伝子組み換え作物の現状

除草剤耐性作物は、除草剤を撒いた際に作物だけが生き残るため、省力化・コストダウンになるというのが売り文句であった。しかし、その強い除草剤に抵抗力を持った雑草がはびこり、手に負えなくなってきている。更に、作物自体に殺虫毒素ができるため害虫が死ぬか寄りつかなくなり、これも省力化・コストダウンの売り文句であった。しかし、害虫も強くなり、手に負えなくなった。その結果、費用がかかり、手間がかかり、農薬が増加する悪循環に陥り始めている。昆虫や鳥、小動物など野生生物の減少など生態系の変化が指摘されています。


広がる健康被害

 除草剤ラウンドアップは、現在、日本でもっとも使われ、遺伝子組み換え作物の拡大にともない、世界的にも消費量が増えている農薬である。グリホサートは、がんを引き起こし、出産に悪影響があり、パーキンソン病を含む神経系の疾患をもたらすという。また、ヒト胚(受精卵)を含む細胞にダメージをもたらし、ホルモン・バランスを崩す、と指摘している。さらには水系を汚染し、そこに棲息する動植物、土壌の栄養素など環境への影響も指摘している。


遺伝子組み換え食品(GM)の危険性が示される

 2009年5月、米国環境医学会が遺伝子組み換え(GM)食品の即時のモラトリアム(製造・使用・実施などの一時停止)を求めた。

 「いくつかの動物実験が示しているものは“GM食品と健康被害との間に、偶然を超えた関連性を示しており”“GM食品は、毒性学的、アレルギーや免疫機能、妊娠や出産に関する健康、代謝、生理学的、そして遺伝学的な健康分野で、深刻な健康への脅威の原因となる”と結論づけることができる。

  

 このようにGM食品の安全性に関して、さまざまな問題点が浮かび上がってきた以上、安全審査の見直しが必要なはずである。しかし、これまでのところ、米国、カナダはもちろん、日本でも見直しに着手するという話を聞いたことがない。これら動物実験で用いられたGM食品は、そのほとんどが世界中を流通している。米国環境医学会が指摘するように、GM食品の即時流通停止を行ない、安全性を全面的に見直す時期に来ているように思うのだが、いっこうに見直す気配が示されない。米国の食料戦略や遺伝子組み換え企業の戦略が、消費者の安全性よりも勝っているといえる。

                                   

2008年に世界銀行が出した調査報告書では、GM作物に未来はなく、有機農業など環境保全型農業に投資すべきだと結論づけた。ワールドウオッチ研究所も、地球環境を守るのはGM農業ではなく、土や水を大事にする農業であり、米国政府がアフリカなど途上国にGM作物を売り込んでいるが、それは間違いだという報告書をまとめた。

 これらの報告に共通している結論は、環境の悪化や食糧危機が慢性化しているが、その状況をさらに悪化しかねないGM作物に未来はなく、有機農業など環境保全型農業に未来を見いだしているといえる点である。

毎日の食材に、遺伝子組み換え食品の表示のあるものは購入をさけ、出来る限り有機食材に切り替えていくことしか解決の早道にならないような気がします。


(ジョンレノ・ホツマ 2013年5月11日)

エッセイ 2013年5月分
今月は投稿無し。