第18回「ノホホンの会」報告

 2012年12月25日(火)午後3時~午後5時(会場:三鷹SOHOパイロットオフィス会議室、参加者:六甲颪、狸吉、致智望、山勘、恵比寿っさん、ジョンレノ・ホツマ、高幡童子、本屋学問)

 今回は全員が顔を揃え、賑やかに始まりましたが、六甲颪さんが残念ながら急用で途中退席せざるを得ず、とりあえずエッセイ発表だけで、書感は次回送りとなりました。

 再びの劇的な政権交代で、これからの日本がどうなるのか本当にわからなくなりました。経済問題、中国問題、終末死と、いつもながら話題はホットでデリケートです。賛否両論あるTPP問題、穏やかに最期を迎えるための心構え、また、中国の権力構造や人民の本音を理解することは、今後の日中関係を見ていくうえでも大切なことでしょう。そんななかで、「詩歌の森へ」、「銀杏散る」、前回の未発表分「因みあう」は心和むテーマでした。

 会後の忘年会で山勘さんから、ネット上で見る同じ文章を実際にプリントアウトして読み上げると、内容の理解度も深みも違ってくるとの興味深い感想がありました。文字の意味、言語の存在を改めて考えさせられます。

 毎回の談論風発で、「MAKERS」、「他山の石」、「イギリスの図書館巡り」は、次回に発表をお願いします。そして、積極的な投稿も。

(今月の書感)
「詩歌の森へ」(高幡童子)/「円安恐慌」(智致望)/「脱・中国論」(恵比寿っさん)/「TPP亡国論」(本屋学問)/「『平穏死』10の条件 胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか?」(ジョンレノ・ホツマ)「MAKERS」(六甲颪)/「天皇と原爆」(山勘)

(今月のネットエッセイ)
「安倍氏の“日銀乗っ取り”に意義あり」(山勘)/「中国 がんばれ」(高幡童子)/「銀杏散る」(六甲颪)/「他山の石」(本屋学問)/「イギリスの図書館巡り」(狸吉)


(事務局)













書感 2012年12月分
 詩歌の森へ/芳賀 徹(中公新書1656  940円)



 副題に「日本詩へのいざない」とある。筆者は東大教授等を歴任、日本経済新聞の文化欄に平成11年から連載したコラム全143章をまとめた。記紀万葉のいにしえから近現代までの、日本語ならではの美しい言葉の数々を紹介する。

 書き出しの章「春の涙」は次のように始まる

「太古の神々や天皇の歌から始まって、日本列島は代々詩歌の森におおわれてきた。いまでも日曜日ごとに新聞にはたくさんの短歌や俳句が寄せられている。これもこの国ならではのこと。山野の緑は減っても、言の葉はなお茂り、さやぎつづけているのだろうか。列島住民の魂の究極のよりどころは、この詩歌の森のうちにこそあるのかもしれぬ。この森をさまよい、言の葉を拾い、しばしことばの森林浴をこころみよう。

なかでも、花の季節となれば、おのずから浮かんでくる歌がある。後白河天皇の第三皇女、式子内親王。身分は高く、世は遠く、いくらお慕いしても側に近よりようもないおかたなのだが、そのお歌はみな凛として美しく、艶にして悲しく、切々としてはるか二十世紀末の心にまでひびく。



この世には忘れぬ春のおもかげよ朧月夜の花の光に

以下 略」


 この本は、小生の日常と最も遠い世界の著述であり、正直に言えば読み方さえおぼつかない。しかし、理と利に忙しくあけくれてきた毎日から、ふと、忘れかけていたやすらぎをかいまみせてくれる。1章800字程度にまとめられているので、5分で読んでもよし、あるいは1章を1日中読み返し、感傷に浸れば、おのずと表情もおだやかになる。

(高幡童子 2012年11月28日)


 円安恐慌/菊池 真(日経プレミアシリーズ 定価 850円)



低迷する日本経済の復活を期して、財界、政界から円安待望論が声高に叫ばれているなか、本書は、「日本経済にトドメを刺す」として警告を発している。

著者は、日本債権信用銀行に入行し、投資顧問会社、英国プルデンシャルなどを経て、アセット・マネジメント社を設立し、運営している。



著者は、円安政策に強い警告を発している。その当初では、確かに産業界において一時的に恩恵を享受することになり、経済に良い影響を齎すことになるであろうが、国内の事情がそれ以上に深刻であり、円安は更に進むことになる。それは、産業の糧となるエネルギーや原料の値上がりを招いて、経済活性化による財政再建など有りえない状況に至ると言う。

深刻な国内事情とは、我々に良く知られた放漫財政であり、個人金融資産全体の減少と医療費の増加を合わせた将来の予測についてであり、とても税収とバランスするレベルには及ばないと言う。日本経済にとって、今の円高が大変良い環境であり、如何にこの情況を維持し、その間に財政を再建するか、と言う政策に腐心すべきと言う。

今の円高は、世界経済の不安から資金を安全に保管する場所として、円にシフトされているので、実態経済と円高とは関係ない事態であるが、これだけ、円が信任されていると言うことは、それなりに理由があるわけで、日本の財界、政界の行動は目先の事情にしか注目していない、これが問題だと言っている。

やがて、ドル反転により始まる円安・それに伴うインフレと、消化しきれなくなった国債の暴落が「最悪のシナリオ」を生みだすであろう。その時、起こる深刻な経済状況の予測や、それに対処すべく資産防衛、などについても記されている。

その方策に付いてであるが、FXなどと言う投資テクニックなどが述べられており、多少なりとも勉強している私にも、受け入れられない手法は戸惑いを感じるものである。言い方を変えれば、そこまで、突っ込んで資産防衛を考えないとならない、と著者は言っているのかもしれない。

そんな情況にならない様、為政者に望むばかりであり、心地よい政策をオーム返しのように言い続ける政治家は、真剣に考えて居るのだろうか、その様な状況に至るのは、ずっと先である事を期待してやまない。

(致智望 2012年12月13日)


脱・中国論 日本人が中国とうまく付き合うための56のテーゼ/加藤嘉一(日経BP社 本体1,500円 2012年6月25日 第1冊発行


1984年静岡県生まれ。高校卒業後北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。英フィナンシャルタイムズなど日本語・中国語・英語でコラムを書く国際コラムニスト。年間300以上の取材を受け、200本以上のコラムを書き、100以上の講義を行う。中国版ツイッターのフォロワー数は150万以上。

著書に「われ日本海の橋とならん」、「愛国奴」(中国語)、「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の中国語訳を担当。

本書は2011年1月から2012年3月まで「日経ビジネス オンライン」で連載した同名の記事を加筆・修正したもの。

中国の発展に貢献した人に贈られる「時代騎士賞」受賞(2010年)。趣味はマラソン。

はじめに1章 脱・中国論 優越感と恐怖心から脱却しよう

2章 中国版ツイッター「微博」には、中国の未来がある

3章 希望だったはずの“重慶モデル”に潜んでいたミステリー

4章 中国ビジネスの鍵を握る「言葉」と「酒」

5章 民主化は遠のいたか、近づいたか

6章 台湾と香港から見る中国のこれから

7章 日本の震災は中国世論を変えたか?

8章 日本企業が果たすべき本当の役割

9章 大学を見れば中国の今がわかる

10章 中国はどこへ行くか

11章 中国とどう付き合うべきか



第1章 (国民の民主化意識は高まっているので)一触即発の危機がある。火種はいつでもどこでも潜んでいるが、その処方箋は無い。経済、社会、世論、軍部、政治が変わる可能性はある。党は結果を残すことで生き残ってきた。下手すれば崩壊、党がしっかりしなければ人民がモノを言い始め暴れる。中国とは一言で表現できない国。GDPの数字は意味がない、やらねばならないことが山ほどある、日本のエコ、省エネは大いに学ぶべきだ(指導者はこういう観点でいる)。しかし、今でも反日教育は行われていて日本は軍国社会だと思っている人もいる。

第2章 微薄(ツイッターとfacebookが一体となったような機能)が盛んにつかわれている。これが革命を起こしかねないので、当局の脅威となるから監視は厳しい(数万人が24時間体制)。「ジャスミン」は抹殺。反体制的な議論が始まるとメディアも自主規制している。但し、集会やデモにつながるので完全封鎖は出来ない。3億人の利用者を持つ、不満のぶちまけ先が微薄(因みにネット人口は5億人)。これが民主化の引き金を引くと思われる。デモや集会は禁止されているが「反日」だけは例外(軍国主義者日本を打倒した、をもって独裁政治を正当化しているのでは反日無罪?)。業界や職種を問わず「政治的なミス」をしたら中国では一生を棒に振ることになる。治安維持費(維穏成本)は軍事費より多い。民主化への道のりは①民衆のあくなき民主化要求②党のリーダーが民主化を実行(但し、民主化を進めると言う党幹部は1人もいない)

第3章 重慶はマフィアが撲滅されたと言う。一方では公園で革命歌を歌う人たちもいる(薄煕来によるガス抜き)。開発・発展だけでなく、弱者にも格差解消が見えるようなバランスある発展(重慶模式)。

第4章 中国で勝負するには、言葉(中国語)と酒が必須。流暢な中国語は不要。英語で勝負しても通じる。

第5章 赤い帝国になるか共和国になるかは、権力闘争の延長或いは背後に潜むイデオロギー闘争の問題。表面的な世論だけではなく(より重要なのは)人民解放軍を含む共産党内の世論が大切(これは中国人識者の弁)。これから10年は赤い帝国化する。情報と言論を統制する。言論の環境が整えば整うほど当局は規制せざるを得ない。言っていいことは、経済や社会のこと。体制・統治・政策はご法度だが「反日は共産党の正当性と同義語」と言わない限りでは反日も口にして良いだろう。「天安門事件(*1)」は最大のタブー。これはメディアもわきまえている(暗黙の了解)。しかし、行き過ぎた反日教育がいまや党のガバナンスを難しくしている。

*1:中国では「政治風波」と呼ぶ。今一番恐れているのは2度目の天安門事件が起こること。国民の目を経済の成長と社会の安定にのみ集中させ、政治的な自由を求める余裕を与えないように舵を切っている。エリートの若者は割り切っている。就職難で民主化の要求なんて二の次、邪魔なだけ。

第6章 「愛国無罪」は国を愛するが故の行為のように見えて、結果的には国を売っている、国を滅ぼす。

第7章 フクシマでの中国の原子力政策は相変わらず対応が早い(11年3月16日には新措置を打ち出した)。日本のODAがなければ今日の中国は無い。党・政府の人はみんな理解している。ただ、外交は内政の延長だ、内政面の壁をクリアーしないと、外交行為には移れない(ある政府首脳の弁)。

第8 章 中国に進出する企業の人材マネジメント8カ条①上から目線はやめよう②言葉を学ぼう③褒めよう④責任を与えよう⑤オープンに競争させよう⑥報酬を与えよう⑦現場主義を貫こう⑧一文にもならないプライドは捨てよう。現在≒2万社進出。

日本企業の精神は尊敬される(ex.ユニクロのホスピタリティー)が一流大学生は日本を向いてない。中堅大学から採用すべし。成果を上げれば、昇給・昇格、トップにもなれることを説明すべし。彼らは自分の力だけを信じている(政権を信じてはいないから、社会保障は当てにしていない)。

第9章 大学は単なる教育機関ではない、ここにも党が根を張っている。大学も国際化。中国企業は即戦力を求めるので、「転職は王道」と考える。

第10章 温家宝は国民のための社会(民生)を言ったが実現せずに終わった。現状では民主主義や法治主義の話は、現状では机上の空論に過ぎない。中国政治にとって最も重要なのは「安全運転」。そのためにいかなる犠牲も惜しまない。成長も、公正も、人権も、「安定」という巨人の前では、幼い少女のような存在だ。

(だから?)中国の経済の良し悪しは(米国は失業率、日本は財政赤字だが)①CPI②大学新卒の失業率③1人当たりのGDP。中国でジャスミン革命が起こらない理由①1党独裁だが1人独裁ではない(集団統治)②経済が上昇している③宗教が国家レベルで普及していない。共産党の原理原則が社会全体を覆っている。

第11章 日本企業が中国市場に進出する場合のリスクは①体制崩壊リスク②日本に特有のリスク③誤認リスクがある。①はあり得る。②はいわゆるジャパンリスク。反日教育、ナショナリズムがあるが、市場としては大きく未完。③は中国の台頭をどう見るかである。チャイナリスクの正確な把握も必要。とは言えお互いに最大の貿易国。「中国に依存する世界と世界に依存する中国」だが、③に解は存在しない。自分で考えるしかない、と著者は言う。

共産党員になることは今やそれほど重要ではない、それよりも中国人は成功と豊かさを渇望している。中国人と付き合う8カ条①相手のメンツを重んじる②歴史認識の問題は主張しつつも、適度にかわす③意思決定が出来る立場の人間を交渉の舞台に立たせること④政治の話は慎重にすること⑤物事をはっきりと、論理立てて伝えること⑥「三」を有効活用すること⑦日本での経験や教訓を随所で共有すること⑧発信するには、言葉がいる。



書感: 著者自身が、7章の後半で言っている「中国を好きとか嫌いという基準で判断するのでなく、中国のこれからが日本にとって死活的に重要だ。だからこそ真摯な付き合いを通じて日本人と中国人がお互いに高め合っていける関係を構築したい」という言葉は、日頃の私のビジネス信条に通じている。いつも思うのはもう少しお互いに相手のことを理解すべきではないかということです。

反日デモや破壊行為に対して「時代遅れも甚だしい。正確な歴史や情報を知らない人たちが中国社会への不満を爆発させているに過ぎない。同じ中国人として恥ずかしい」という認識をしている人たちも多い。

(恵比寿っさん 2012年12月14日)

TPP亡国論/中野剛志(集英社新書 2011年3月22日 本体760円)


WTO、GATT、FTA、EPA、RCEP、そしてTPP…。ほとんど中身のわからない略語が新聞の紙面に溢れ、テレビのニュース画面に踊る。世界は今、アメリカを中心とした“グローバル・インバランス”(経常収支不均衡)是正に向けて、新たな国際貿易秩序と環境づくりに取り組みつつあるようだ。

WTO(世界貿易機関)各国は、貿易の基本ルールであるGATT(関税および貿易に関する一般協定)を基本軸に、2国間または複数国間で関税撤廃などを目指すFTA(自由貿易協定)、関税はじめ規制や制度の改正も含むEPA(経済連携協定)、アジアを中心としたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)と、世界的な大不況下で生き残りを賭けた新しい貿易経済戦略構想を展開している。

著者は、東京大学を卒業後、経済産業省、エディンバラ大学、京都大学などで国際関係やエネルギー問題、政治経済理論を研究した気鋭の学者で、タイトルからもわかるように、今や大きなテーマになっているTPP参加論に真正面から反論した話題の書であり、賛成、反対両陣営に大きな影響を与えた経済ナショナリズム論でもある。

TPP(環太平洋戦略経済連携協定)は、輸出倍増政策を目指すアメリカが日本に突き付けた究極の経済戦略として、また国家の安全保障とも関連しそうな日本にとって焦眉の課題である。当初はシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドが締結したFTAで、その後、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ヴェトナム、マレーシア、さらにカナダ、メキシコが交渉参加を表明した。

本書によれば、交渉参加国のGDP規模を比較すると、アメリカ67%、日本24%と2国でだけで91%を占め、後はオーストラリア4%、残り4%がその他と、実質的に日米FTAだというのだ。また、主要国の関税率をみても、平均関税率(全品目関税率)で日本はアメリカやEUとほぼ同じ、韓国の1/3、農産物にいたってはEUの半分以下、韓国の1/5という自由化ぶりで、日本にとってこれ以上関税率を下げるメリットは何もないという。

一方、TPP交渉参加国の輸出依存度は、対GDP比でシンガポール200%以上、マレーシア100%以上、ヴェトナム、ブルネイ、チリ60~80%といずれも輸出依存経済で、日本が考える輸出市場としてはほとんど魅力がない。外需依存度の高い小国と一次産品輸出国を相手に回し、実際はアメリカ主導でさらなる日本市場の開放要求に対して、日本に有利なルールをつくれるなどと考えること自体、あまりにも無謀だと説く。

関税の即時撤廃や例外品目を認めないなど、TPPの急進的な貿易自由化がアメリカ主導で展開されたとき、農産物や工業製品以外に保険・金融、医療、通信、教育といった日本独自のビジネスモデル分野も当然、自由化の対象になる。日本が世界に誇る国民皆保険が崩壊し、教育制度も保険・金融も極端な自由競争に陥り、郵政民営化の失敗、中小損害保険業界壊滅のような同じ過ちが目に見えているという。

規制緩和、自由化、民営化、緊縮財政といった構造改革は生産性向上を目指すもので、インフレのときは良いがデフレのときは逆に物価の下落をもたらし、景気を悪化させる。デフレのときの構造改革はご法度だという。1990年代、バブル崩壊後の不況下でデフレを心配しなければならない状況で、日本は新自由主義的構造改革を断行した。その結果、デフレになりそうなときにデフレ政策を実施したことで、日本は10年以上デフレから脱却できない事態に陥った。戦後の経済史上、日本以外にデフレを経験した国も、このような初歩的ミスを犯した国もないと著者はいう。

 つまるところ、アメリカが狙う市場は日本であり、TPPの実態は日本の市場をアメリカに差し出すだけのもので、自由貿易で輸出が増えるどころかデフレの深刻化を招き、グローバル化は格差を拡大して賃金水準引下げを呼び、雇用悪化など日本経済の根幹を揺るがす事態になる危険性をはらんでいる。自主防衛の意志も自立の力もなく、過度の対米依存によって戦略的思考回路を遮断してきた日本が、またしてもアメリカに追随する愚だけは避けなければならないと主張する。

需要不足と供給過剰が持続するデフレ現象下で、貿易自由化のような競争激化政策を取ってはいけない。デフレ下での貿易自由化は、さらなる賃金低下や失業増大を招く。内需が大きく需要不足にある日本はデフレ脱却が最優先課題で、輸出主導の成長でなく内需主導を目指すべきで、石油以上に戦略物資である農産物を中心とした食糧の自活拡大とエネルギー資源供給の安定化、メンテナンス中心の公共投資で需要をつくり出し、物価下落を抑え、積極的な財政出動による日本の内需拡大こそ、真のTPPが実現できると結んでいる。

“ミスター円”の異名を取った財務官僚出身の榊原英資氏は、TPPは日本が参加しなければ意味がないのだから、真剣に対応する必要はないとテレビ番組で語っている。かつて、数々の対米交渉でアメリカの狡猾さを身に染みて知るだけに、日本のバーゲニングパワーを発揮するためには一聴に値する意見かもしれない。

(本屋学問 2012年12月15日)

「平穏死」10の条件 胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか?/長尾和宏(ブックマン社 2012年10月第6刷発行)


 最近、身の周りで死というものに出会い、自分が同じ立場に立ったらと、ちょっと治療に腑に落ちないものを感じていました。

そんな疑問に対し、この本がまさに答えを示していましたので紹介したいと思いました。

 
著者は、今までの病院治療に疑問を持たれ、独自の信念で開業され、現在365日年中無休の外来診療と24時間体制での在宅医療に従事されており、日本尊厳死協会副理事長をされています。

ホツマツタヱの記述にもある古代の人も、自分で自分の死に場所を見つけていたことを知り、本書の「自分の最期は自分で決める!」には共感が持てました。


帯表紙に、平穏死とは自然に穏やかにあの世へ旅立っていく。死を先延ばしにする延命治療を受けないという選択肢もある。しかし、現実には、不治かつ末期の状態でも延命治療が行なわれ、よけいに苦しむ場合が多い。どうすれば平穏死できるのか?とあります。


著者のいう「平穏死」10の条件とは、

[第1の条件]平穏死できない現実を知ろう

[第2の条件]看取りの実績がある在宅医を探そう

[第3の条件]勇気を出して葬儀屋さんと話してみよう

[第4の条件]平穏死させてくれる施設を選ぼう

[第5の条件]年金が多い人こそ、リビング・ウィルを表明しよう

[第5の条件]転倒→骨折→寝たきりを予防しよう

[第7の条件]救急車を呼ぶ意味を考えよう

[第8の条件]脱水は友。胸水・腹水は安易に抜いてはいけない

[第9の条件]24時間ルールを誤解するな!

       自宅で死んでも警察沙汰にはならない!

[第10の条件]緩和医療の恩恵にあずかろう


 病院ではなぜ延命治療がよく行なわれるかという疑問に、患者側は終末期医療の現実への無関心があり、医者から見れば、死は敗北という思考回路があり、何もしなかったと後ろ指を指されるのが辛いので、安易に延命治療・胃ろうに走る結果になっている。


 特に、救急車を呼ぶという行為について、改めて理解する良い機会になりました。救急車で運ばれた患者を受け入れた病院では、何としてでも生かさなければならない。蘇生処置も延命治療もフルコースでしてくださいという意味であることを知りました。


 老衰における平穏死への戦略として、毎日の生活を楽しみ、最後まで食べることにこだわり、延命治療は望まず、胃ろうは造らないということをエンディングプランに書きこみました。


著者も言っているように、結論として、リビング・ウィル(生きているうちに自分自身の延命活動に関する意見を表明)を明らかにしておくことと分かり、納得した次第です。


 ただ、一方では、患者本人の意思でなく、家族が延命を希望し、患者の死(年金の停止)が家族の死活問題で、年金不正受給も後を絶たない世界もあるようです。

(ジョンレノ・ホツマ 2012年12月17日)

MAKERS/クリス・アンダーソン著(NHK出版)


 本著は全体が13章にわかれ、製造業の形態と内容がデジタル革命によって大幅に変わってきたが、更に今後は其の変革が加速するため、もの作りの基本をもう一度考え直さなければ、大企業といえども危なくなる恐れがあることを警告している。

最初の3章までは、新製品の発想から具体的にもの作りに移るまでの手順が、発案者と製造担当の話し合いからスタートし製品化に移ったが、1970年頃からデジタル手法が発達し体系化してきたため、何処のMAKERでも作れるし改造も自由出来るようになってきた。

従来までは、発案会社の製造担当が新発想の機器を自由に設計し販売してきたが、今後は発案会社の独占は難しくなり、何処でも製作できるノウハウがデジタル化されるとプログラミングが容易になり、結果としてデジタル技術をよくこなせる会社に奪われてしまう事になる。

実例として、携帯電話の主流がアップル社に移り、テレビやパソコンがソニーやパナソニックから急速に離れていった原因もうなずけるところである。

つまり、着想が優れておりまた販売力がいくら強くても、安価で簡単に何処のメーカーでも作れるようになれば、其の会社の独占は困難になってゆく傾向が強くなってきているのを警告しているである。

同時に、特許で市場を独占することが一層困難になるだろう。今日までは製造単価を下げるために其の部品単価を下げること、効率のよい生産工程を工夫することの検討で競争力を維持し、市場を確保してきた。

日本はこの研究が進んで、欧米だけでなく中国でもこの方式を採用しているが、デジタル化による設計手法が進むと作業が単純化されること、どの会社でも容易に組み立てられることとなり、これに従って製造のあり方が大幅に変わってくることが予想される。逆に、DIY工場のようなものが伸びてくるかもしれないし、イノベーションの可能性は、今までのMAKERSから生まれてくるかもしれない。 

 (六甲颪 2012年12月18日)



天皇と原爆/西尾幹二(新潮社 本体1,600円)


 帯に「真珠湾での開戦から70年、なぜアメリカはあれほど日本を戦争へとおびき出したかったのか」とある。アメリカが日本を戦争におびき出した。これが本書の基本軸である。

 本書には、珍しく著者の略歴がない。著者の意向だというが、著者には手軽にまとめ切れない著作と業績があり、人脈の広さを持つ右派・保守系の知識人として知られる。あえて挙げればベストセラー「国民の歴史」があり、「新しい歴史教科書をつくる会」初代会長であり、東大文学部の同期に大江健三郎がいて、生前の三島由紀夫と親交があった。

 本書では、先の大戦におけるアメリカの本意は、アメリカという多民族で「つくられた」国家が、西へ西へと膨張し続けて、ハワイなど太平洋の島々を取り、中国に覇権の触手を伸ばした時、北から行っても南から行っても行く手を阻んで邪魔になったのが日露戦争にも勝って大国意識を持った日本であり、これを排除することだったという。

 そういう視点から今流行っている「昭和史」が、いかにおかしなものかということについて一章を割いている。つまり、それらの「昭和史」は、敗戦の歴史、わが国の失敗の歴史を語る目的で、たとえば昭和3年から話をはじめるというふうに時間的制限をし、空間的にも日本の国内政治にばかり目を向け、国際社会は書いても世界史の中の日本、世界の日本への仕打ちを客観的に考える視点がない。国内の政治家や軍人官僚の動きばかり書くから、おろおろと右往左往する愚かな姿ばかりが強調されることになるという。

その代表格として槍玉に挙げられたのが、ベストセラーの半藤一利「昭和史」である。陸軍が悪玉で海軍が善玉だという不思議な前提で書かれているが、最初、平和を志向するような顔をしていた海軍が、結果的に陸軍も巻き込んで日本を対米戦争に追い込んだ。海軍の仮想敵国はアメリカだったが、陸軍のそれはソビエトだった。ノモンハン事件も日本の勝利だったことがソ連崩壊後に判明した。ソビエトに勝つ力を陸軍は持っていた。陸軍が満州でソビエトだけに専念していたら、アメリカは日本と戦う口実を失っただろうという。

表題の「天皇と原爆」について直接的に解説する一章はない。最も近い説明は「皇室への恐怖と原爆投下」の章である。原爆投下に際して「トルーマン大統領が飛び上がって喜んだ」史実があるが、今では「ある種のこだわり、弁解、もしくは政治的沈黙がつづいている」状況で、「原爆投下は、アメリカが存在する限り背負わなければならない原罪」だという。

 また、東京裁判でアメリカが天皇を訴追しなかったのは、マッカーサーが戦後日本を統治しやすくするためだと言われたが、本当は訴追できなかったのではないか。アメリカには、ヒトラーは分かったが天皇は分からなかった。訴追を断念した裏には、日本国民の異常なまでの天皇崇拝、天皇の底知れぬ神秘性に対する恐れがあったと見る。

 結局、本書でいう「天皇」とは、『あふれる自然の光の中に「生まれた」清明心の国、日本』そのものであり、「原爆」というのは、強烈な選民思想を持って西に向かった、「作られた」膨張国家アメリカそのものだということであろう。

 著者の経歴、本書のスタンスからも分かるように、著者に対する毀誉褒貶は激しいが、大方の日本人には受け入れられる論旨であり、溜飲の下がる思いをする向きもあろう。

(山勘2012年12月21日)

エッセイ 2012年12月分
安倍氏の“日銀乗っ取り”に異議あり



このコラムでは、政治や経済の“生もの”を扱わず、できるだけ文化的な“干物”を扱いたいと思っているのだが、総選挙を眼の前にして、どうしても言わずにいられなくなったのは自民党安倍総裁の“日銀乗っ取り”戦略についてだ。

これは今度の総選挙で自民党が勝って、安倍内閣が誕生したと仮定しての話だが、安倍新総理は、日銀の印刷機をフル回転させてカネを刷り出して市場に供給し、自ら高く掲げたインフレ目標を達成する気らしい。そのためには日銀法の改正も辞さず、場合によっては日銀総裁のクビすげ替えも、とまで考えているフシがある。

この安倍発言に対して、白川日銀総裁は「中央銀行の独立性を尊重して欲しい」と穏和にかつ明解に反論している。そして、建設国債の日銀買い取りは「やってはいけないこと」であり、カネをふんだんに供給して物価を上げる「インフレ目標」は「悪影響が大きい」と述べている。さらに国民は物価だけの上昇ではなく、雇用や賃金など経済全体の改善を望んでいると見解を述べている。もっともな意見ではないか。

子供向けの説明で恐縮だが、リンゴが10個あってお金が1,000円あれば、リンゴ1個の値段は100円だ。しかし、ここに誰かが余計なお金を1,000円追加してお金が2,000円になれば、リンゴ1個の値段はたちまち200円となる。すなわち物価は2倍になる。普通はこれをインフレという。市場のお金を2,000円に増やす前に、みんなが欲しがるリンゴ20個が市場に出回っていなければならない。そして、リンゴ20個を取り引きするために必要なお金2,000円が市場に出回る。単純に言えば、そうして経済が拡大することを経済成長という。

要するに、資金供給の前に需要がなければならないということだ。ふんだんに通貨を市場に供給して需要を喚起しようというのは本末転倒で、いたずらに物価の上昇、インフレを招くことになる。しかし安倍氏は、自説を援護する経済学者の名前なども挙げて意気軒昂だ。そういう学者もいることはいる。過去には、リーマンショックの後、米国のポール・サミュエルソンという著名な経済学者が、紙幣を大量に印刷して、都会から貧しい田舎までヘリコプターから撒くように配れなどと、安倍さんが喜びそうな提言をしたこともある。

逆に、建設国債の日銀買い取りを“禁じ手”だとする意見は、民主党の野田現総理だけでなく、学者や市場関係者にもいる。安倍氏らは、国の資産を築く建設国債は赤字国債とは違うと言うのだろうが、いずれも国の借金であることに違いはない。財政規律を無視して、日銀の輪転機に頼ってカネをバラ撒くのは財政の破綻を招き、必ず後の世代の負担になる。バブル経済崩壊から脱出するために、借金で膨大な財政投資を続けながら景気浮揚につながらなかったという苦い実験結果にも学ぶべきだ。

デフレからの脱却は、小泉内閣以来の規制緩和を進めて医療、介護、農業などで新たな成長分野を創出すること。環太平洋経済連携協定(TPP)など自由貿易協定(FTA)を進めて世界の需要や投資を取り込むこと。エネルギー供給の安定を図ること。社会保障制度への信頼を取り戻すこと。やるべきことをやって需要を創出することが王道だろう。

日銀と政府の役割については、必ずしも多くの国民が理解しているとは思えないが、安倍氏の日銀操作の危なさは少しずつ見えてきており、総選挙でも、その後の自民党政権でも、支持を増やすより減らす恐れが強い政策提言となるのではないか。

このまま安倍さんの政策が通るとは考えられない。それに、安倍さんは政界を離脱した鳩山さんに似て物事を投げ出すへキがあるから、自民党支持の方々は、衆院任期4年のうちには変化もあると忍耐して、ここは静観するしかないのかもしれない。

(山勘2012年11月23日)

中国 がんばれ

近ごろ中国の評判がはかばかしくない。日本は経済力でもNO2の地位を抜かれ、オリンピックの金メタル数から軍事力、サイバー力、外交力、大学生の学力にいたるまで差は開くばかりである。この30年、「発展途上国と思いODAなどで援助を惜しまなかったのに空母まで作りおってなまいきな」とやきもち半分なのはわかっているのだが、内心のにわかナショナリズムは抑えがたい。日本の首相より中国の主席のほうが外観も教養も秀でているように見えるのがくやしい。



実は、過去1000年以上の間、中国も同じように日本を見ていたのではあるまいか。

昔、世界の30%のGNPを誇った大国である中国へ、東の隅にある田舎の島の蛮族が属国として貢物を献上し恭順の意を表したので、その地方の王として金印を与え、漢字を教え、鉄器の作成を指導し、留学生に律令の制度を教え、経文を与え厚遇してきた。

にもかかわらず、100年前の中国内乱の際、中国の植民地化を策す英国はじめ西欧諸国の画策に、日本と改名したこの属国は小ざかしく便乗し、中国を足蹴にして、ひたすら利を追い求める国になりさがった。いずれ機会を得て諭し、わが大中国連邦の東の守りとしての役割を与えよう。とりあえず、沖縄諸島を中国海軍へ編入しよう。



 古来、地球上の生物の生存競争のなかで人類が勝ち残り、人種間、地域間の競争の結果現在の覇権地図が形成された歴史に正悪はつけがたい。しかし歴史から学ぶ事は多い。



 人口の大きさ、歴史の実績から見て、中国文明が今後も長期にわたりアングロサクソン、イスラムと並んで世界3大覇権の一角を占める確率は高い。



中国のみなさん

おれたち、もう長いこと隣に住んでる。

お互いの歴史、もう一寸知って、

賢くつきあってうまくやろうぜ。

おれたち、出世したんだから、チマチマしたことはおいて、

もそっと行儀もキイ付けてな、えらそうにせにゃあかんぞ

中国 がんばれ


(高幡童子 2012年11月30日)

銀杏散る


2012年は政治関連の事件の話題が交錯して、騒々しい雰囲気のなかで年末を迎えることは珍しい。曰く発電用原子炉の今後の扱い、消費税の増減の可否、TPP参加への可否から始まり、同時に日本の官僚組織の硬直さ、関連して日銀の通貨制御のぎこちなさや外国との交渉の下手さ等々が浮き彫りにされ未だに解決できず、ついに衆議院解散から総選挙の実施になろうとしている。

午後自宅に戻るバスの中でつくづく思う「本当に日本はマスコミが騒ぐように、このままダメになって仕舞うのであろうか。いやいや日本人は贅沢な食事、衣装や住居に住み、世界の中では豊かな暮らをしている方である。もっと心も豊かにして些細な不平や不満を口にせず、高く新しい理想を掲げて一歩一歩進んでゆくべきではないだろうか」

貴重な1日1日をテレビや新聞を見ながら嘆いていても仕方がない。そうだ、マスコミは殺人や詐欺から地震のような天災は真っ先に知らせてやると言わんばかりに得意げに報道するが、時刻表通りの正確な運行をしている交通機関、止め針のいらないホッチキスの発明、1日以内に配達される宅急便のシステムとそれをサポートする若者の働き等の日本の優れた点をまじめに取り上げようとしない。時間は悠々とながれている。我々の周辺には、もっと豊かな感性を生かす日々があってもよいのではないか。

こう考えながら12月始め、三鷹駅北に降りた。そこには何と真黄色に染まった銀杏の大木が数本そびえたち、夕日を浴びて輝いていた。そこで思い出したのは、与謝野晶子(与謝野鉄幹夫人の歌)


金色の小さき飛ぶ鳥形して 銀杏散るなり夕日の丘に


であった。

私も思わず数分は、その荘厳な雰囲気に呑まれ立ちすくんだ。12月初旬まではその美しさを堪能できると思う。

以上、ご紹介まで

(六甲颪 2012年12月7日)

他山の石


造船工学科、繊維工学科、土木工学科、そして原子力工学科…。今、日本の大学からこれらの名称が消えつつあるという。もちろん、学科そのものがなくなるわけではないが、産業の盛衰と強く結び付いた教育分野も、名称変更や定員削減、カリキュラム改革などを迫られている。

次代を担う技術者集団が、毎年どの分野、どの産業にどれだけ配分されるかは各産業の活力や品質に大きく影響を与え、国家発展のベクトルを形づくる。いわゆる“労働人口動態バランス”といわれるもので、戦後の日本はまさにそのような図式で進歩してきたが、アメリカの場合はさらにわかりやすい歴史で説明できる。

東西の冷戦時代、ソ連が毎年発表する自国の経済統計よりも、アメリカのCIAが独自に推計した数値のほうが信用されたという話がある。クレムリン内部にまでスパイ網を張り巡らし、偵察衛星の写真から農産物の作付けや収穫状況を分析し、石炭や石油の鉄道輸送能力から鉄鋼生産や発電量を推測した。当時のアメリカの情報収集能力は、それだけ優秀でハイレベルなものだったようだ。

そんな高度な職務を担っていたCIA職員の採用基準は厳しく、全米の一流大学の成績優秀者から選ばれた超エリートたちは、徹底した教育訓練を受けた後、青天井の資金にものをいわせて諜報や情報分析、破壊工作、要人の暗殺、時には一国の政府転覆までやってのけた。1950年代以降、毎年世に送り出されるアメリカの頭脳のトップグループは、CIAをはじめ主な政府機関に就職したそうある。

人類の有人宇宙飛行は、1960年代末にアポロ11号が月に到達して以降、現在も宇宙ステーション計画が続けられているが、最終的に“99.9999%”(シックスナイン)の安全率といわれたNASAの宇宙開発は、膨大な予算と有能なスタッフ、国内はじめ海外からも最高の知能を集めたことで実現した。ここでもNASAや航空宇宙関連企業は高給で優れた学生を求め、それ以外の産業分野では引き抜きなどで人材不足に陥った部門もあったといわれる。

1970年代、アメリカが提唱した車の排ガス規制法案はGMやフォードなどの反対で骨抜きになり、それが結果的にアメリカ自動車産業の衰退を招き、逆に規制をクリアできた日本車が台頭した。しかし、一説には、すでに成熟期を迎えていたアメリカの自動車産業には、航空宇宙や情報産業ほどには優秀な人材が集まらなかったためともいわれている。

スパイ産業、自動車産業、宇宙産業が一段落した1990年代以降、アメリカの若い頭脳は、典型的なマネービジネスである投資ファンド、銀行、証券、IT産業に向かった。とくに“金融工学”分野には、経済系だけでなく数学、機械、電子、情報など理系出身が集まり、束の間の栄華に酔ったが、リーマンショック以後は周知のように格好の反面教師になった。造船、鉄道車両、工作機械など、かつてアメリカが得意とした工業分野はすでに日本や韓国の後塵を拝し、後継者も少ない。まさに労働人口動態のアンバランスが、国の様態をすっかり変えてしまった。

世界で最初に工作機械を実用化し、産業革命を成し遂げたイギリスは現在、主要な工作機械工業を持たない。互換部品設計やNC化への対応が遅れたためといわれている。以前、ある調査機関がイギリスの工作機械産業再生にどれだけのコストがかかるか試算したところ、数兆円規模と20年の時間が必要という結果が出たそうだ。イギリスは高性能工作機械を日本やドイツから輸入しているが、もはや2番手グループのアメリカやイタリアにも追い付くことは難しいかもしれない。

日本の科学技術は、再生医療、新薬開発、超微細加工、高機能材料、スーパーコンピュータ、ハイテク航空機、多機能情報通信など、従来技術や新技術の展開で新たな方向を模索しているが、原子炉廃炉事業をはじめ老朽ビルやトンネル、橋梁のメンテナンス、さらに地震対策など、土木、原子力分野だけでも当面の課題が山積している。また、数十年ごとに必ずある造船需要にコストではなくハイテク技術で立ち向かうためにも、後継者教育と産業構造の再編は不可欠である。

日本がイギリスやアメリカと同じ道を歩まないためにはどうすればよいのか、“他山の石”はあたりにゴロゴロしているようにも思える。

(本屋学問 2012年12月18日)

イギリスの図書館巡り


 先月から今月に掛け半月ロンドンに滞在する機会があり、二つの有名な図書館を訪れた。

レン図書館内部(NET画像を借用した)

 一つはロンドン市内にある大英図書館。これは日本の国会図書館に相当するもので、イギリス国内の出版物は出版後一ヶ月以内にすべてここに納本する制度がある。1842年以降の出版物の他、それ以前の古書や外国文献の収集も行っている。登録者以外は閲覧室に入れないが、有名な収蔵品は常設展示されている。高校時代世界史の授業で習ったマグナカルタやグーテンベルグ聖書の実物を目の当たりにして感激した。

 マグナカルタはラテン語で書かれているが、現代英語訳が添えてあり、成立の過程や後代に与えた影響も詳しい説明がある。メルカトル図法を考案したメルカトルの作った世界地図、バッハ、モーツァルト、ベートーベンの自筆楽譜、ビートルズがあり合せの紙の裏に書き付けた自作の歌詞なども並んでいる。大作曲家の作品の断片や、ビートルズの代表作も聴くことができる。

 ここは日本の旅行案内書には「大英」図書館と紹介されているが、英文表記は単なるBritish Libraryである。しかし、展示物を眺めていると「流石七つの海を制した大帝国の図書館」という畏敬の念が沸いてくる。


  もう一つはケンブリッジ大学構内にあるレン図書館(The Wren Library)である。これは17世紀の有名な建築家Christfer Wrenが設計した建物の中にあり、ここを卒業したニュートンの「プリンピキア」や、その他有名な書籍がページを開いた状態で個別陳列ケースの中に飾られている。ケースの上面ガラスには厚い布が被せてあり、それをめくって本を見ることになる。光線による紙の劣化を防ぐためであろうが、文字通り拝見するという雰囲気だ。

 この図書館を外来者が見学できるのは正午から2時間のみで、人数が多いと入場制限もある。幸い同行した友人がここの卒業生なので、どこでも出入り自由だったのは有難い。昼食をとった学生食堂では、中世様式のテーブルやベンチがヘンリー八世の肖像画の下で黒光りしており、まるでハリーポッターの世界に入り込んだようだ。いつぞや映画会社が撮影用にこの食堂を借りに来たが断ったとのこと。


 二つの図書館を見終えて、大英帝国の知的財産の集積に圧倒される思いだった。また、「書籍による時空を越えた知識の集積・共有で、人間の能力は拡大したのだ」という感慨を抱いた。知的刺激を与えてくれる当会の存在はまことに有難い。

(狸吉 2012年12月19日)